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人間の愚かさとは。「愚行録」を読んで【ネタバレ感想・考察】

こんにちは、かなへびです。

 

貫井徳郎さんの「愚行録」を読了しました。

本屋さんに行った際、映画広告の全帯に目がつき購入したものです。

およそ5時間弱で読みきりました。

 

ざっとあらすじをご紹介すると、

一家全員惨殺されるという事件が起こり、その事件についてルポライターと名乗る男が関係者各位にインタビューをしていく。

家が近所なの、と言う女性のインタビューから始まる。

基本的にインタビューを受ける人間のひとり語りで物語は進行していく。

主に妻や夫の友人とされる人々の語りが中心である。

その合間に都度挟まれる不気味な「妹」と「お兄ちゃん」の会話。これは何を意図しているのか。

そして何やら登場人物の語りもだんだん怪しい雲行きに…。

はたしてこの語りは正しいのか。何を伝えたいのか。

一体犯人は誰なのか。妹とお兄ちゃんの会話は何を意図しているのか。

 

こんな感じの物語でした。

 

《※ここからネタバレ含みます。》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序盤の方は、ああありきたりな語りで進行していくパターンのものか、と思ったんです。湊かなえさんの「白ゆき姫殺人事件」もこのパターンですよね。

序盤の、何といったらいいんでしょうか、お話好きのおばさんの語りは主に事件の概要を紹介するもので、あまり面白みはありません。

しかし語りが進行していき、2番目の人からだんだん田向妻の人柄が見え隠れしてきます。私はてっきり妻の話しかないんだと何故か思い込んでいたのですが、田向夫の友人や知り合いの話もありますね。

 

そして何よりも合間に挟まれるお兄ちゃんと妹の会話が気になります。インタビューの語りから急に話の毛色が変わるので不気味な印象が残ります。最初は秘密についての会話です。公園で拾った指輪の話。何だ、可愛い子供の会話か?と思いきや、お父さんもお母さんも嫌い、家にいるのも嫌い、何ていう闇の部分がチラッと現れています。また妹のお兄ちゃんへの依存度が伺えますよね。お兄ちゃんだけは特別、お兄ちゃんだけは私のことをわかってくれてるの、という妄信とも言える依存が狂気を醸し出しています。

 

3番目は田向夫の同僚の語りですね。これはまだ日常感の溢れる、ごく普通のサラリーマンの話なのではないでしょうか。しかし、ところどころから田向夫の冷酷な印象が伺えます。また、自分の容姿や早稲田出身、有名会社に勤めているというところに、同僚もそうですが確固たる自信を持っていることもわかります。いえ、少し違うかもしれません。合コンで狙っていた女性を柏木に奪われ、その復讐を誰にもばれずに淡々とこなしたところは冷酷でデキる男感があるかもしれませんが、序盤の粘着質なクレーマー、鈴木さんの対応の時は違いましたね。これは何だか優しいだけの、同情心を持った温かいけど頼りない男性のイメージが伺えます。これはもしかしたら、田向夫に感情移入をさせておいて、最後の柏木への復讐でドーンと読者の気持ちを落とさせるためなのかもしれませんね。まあとにかくこの同僚の語りで読み取れることは、田向夫が少し冷酷な男なのではないか…?ということですかね。柏木が恨んで家族ごと惨殺したのではないか、と考えることもできます。しかし同僚の語りにある通り、バレないように綿密に行動していたのだと思います。よってここは柏木を疑う、というよりも自分の強い信念のもとにバレずに復讐までやってのける田向夫の力量をアピールしたかったと読み取れるでしょう。また自分の思った通りに事が進まないと納得いかないという性格も伝わってきます。

 

 

その次の兄妹の会話は、お母さんとお父さんの浮気についてです。要約するとひっでえ父母だな!って感じです。しかし、そんなことよりも、それを淡々と、むしろ楽しそうに語る妹に狂気を感じます。これがただ悲しそうに語るだけなら大して興味を引かないのではないでしょうか。この独特の語り口調のおかげで、長々としたインタビューの繰り返しでも飽きずに読み進めていくことができると言っても過言ではないでしょう。

「ふふふ、笑っちゃうよね。」とありますが、

笑えねーよ!????

って感じですね。もう清々しいほどの狂気ぶり。しかし話の全貌はまだまだ見えてきませんねー。インタビューとの関係性もイマイチ読めない。わかる人にはわかるのかもしれないけど。

 

 

4番目は田向妻の大学時代の知人の語りです。ここからは田向妻、よりも夏原さんと呼ぶ方が適していますね。慶応の《外部》《内部》の違いに注目されています。まあここの章にタイトルをつけるとすれば「妬み」ですかね。憧れと言ってもいいんですがなんとなくそれよりはドロドロしたイメージ。洗練されたお金持ちたちの内部生にすんなり気に入られた夏原さん。私たちと同じ外部生なのに!っていう妬みがいろんな部分に見られますね。また、この語り手、自分は「まあ関係ないけど」という高みから客観視してるみたいな風を装っていますが絶対自分の思いが混じってますよね。これはまた最後の方にも取り上げられますね。とりあえず置いておきましょう。まあとりあえずこの人は無関心を装って1番妬みを抱いていた人、ということですね。

 

 

次の兄妹の編。冒頭から妹がお父さんに体を求められていたという衝撃の内容。まあこれまでの感じから推測できなくもないですよね。ここら辺から、一体これは誰の語りなんだ?まあおそらく犯人ではあるだろうけど…。今まで出てきた人なのか?うううーーーーん。という感じでもやもやしてきます。

 

 

5番目は赤ん坊連れの主婦。田向夫(以下田向)と過去に交際があった人です。最初は地味なスキーサークルに入るくらいの慎ましい女性の雰囲気を醸し出しているのに、だんだんとモデルを始めたり、慎ましさからは遠くなっていってしまってる印象。田向を振り向かせるためにスれちゃった感。まあここではそれよりも田向のひっどいイメージを植えつかせてきますよね。ストーカーと化した彼氏を追い払う作戦がなんともひどいですよね。知人のために心から同情し力を貸してくれる素敵な人、と見ることもできます。でも、普通は恋人でもないただのサークルの後輩にそこまで協力するでしょうか?だって自分には関係ないんですよ?ストーカーが根負けして引っ越していくほどのダメージを加えることができる、しかもただの後輩、これは怖いなあと感じました。善い人も度を越すと狂人ですからね。まあ、二股をかけた上に「お前、自分が選ばれるとでも思ってんのかよ」っていうとこで善い人感は皆無になりましたね。まあ少なくとも女性読者はこいつに恨みを持ったでしょう。就活のために女をためらいなく利用する感じ、嫌いではないですが恐ろしいですよね。自分が当事者だったら許せないですね。賢いといえば賢いのでしょうが。殺したのは谷口さんでもおかしくないですね、というセリフからなんとなくピンとくる人もいるのではないでしょうか。インタビュアーが1番何を聞き出したいのか。殺したのは誰だと思う?まあ雑誌記者だとしてもこれくらいは聞きますよね。だからまーだ何とも言えないです。それよりも、この女性が抱きかかえている赤ちゃん、何となく田向に似てるという風に言われていますが、もしかして田向の子供産んだの!?という推測ができてなかなか面白いですね。もしそうだったらとても恐ろしいです。何の悪びれもせずに二股できるような男なら結婚してからもこの女性と関係を持っていた可能性は無きにしも非ずですね。

 

 

次の兄妹のお話は、お父さんに犯されたことがお母さんにバレて虐待されるというもの。あーもうこれは精神狂っちゃいますよね。しょうがない。助けなんてどこにもない。お兄ちゃん以外は誰も信じられない。

 

最後の語りは尾形さん。これは4番目に語っていた宮村さんの元カレです。ここで何の前触れもなくさらっと、宮村さんが通り魔に殺されたことが判明します。本当にさらっときます。そして、尾形さんは宮村さんの実際の性格を語っていきます。先ほど宮村さんが自身で述べていた様相とは少し違うようです。宮村さんを悪い奴に追い込んで夏原さんを神格化していっていますね。夏原さんと尾形さんがお付き合いを始めてから、夏原さんが性的なものを拒絶していることがわかります。これはただ尾形さんに本気ではなく弄んでいたとも読み取れるのですが…。私はこれに強い違和感を覚えました。あれ、兄妹の話の、妹って、お父さんに犯されてたよね?つまり性的なものにトラウマがある。あれ?妹って夏原さんなの?あれ?上手なミスリードですよね。少しの共通点を持たせることで妹が誰なのか、わからなくさせる。夏原さんが妹なら犯人は誰なの?など少し混乱してしまいました。

 

 

ついに最後の兄妹編です。残りページも少ないしここで真相が語られるのだろう、とドキドキしてページをめくりました。おじいちゃんがお金持ちで、勉強を頑張って、慶応大に入った。ん!?!?!?誰だ!とここでもまだ分かりませんでした。ふと宮村さんの語りを見直したくなりました。ここで夏原さんという名前が出てきます。この兄妹の会話には今まで個人名が出ていませんでした。なのでついに真相が語られるのか、と実感します。何と、夏原さんに憧れてたんですね。そして宮村さんの編で語られたように、夏原さんの介入で内部生の男にいいように利用されていくのです。お父さんに体を求められていたから、性的なタガ、というのでしょうか、そういうものが外れていたのでしょう。また自傷的心境もあったのではないでしょうか。私が幸せになれる人間なわけがない。なぜなら不幸の星のもとに生まれてきたんだ。幸せになってはいけない、意識していたかどうかはわかりませんがそんな深層心理に動かされて性的に奔放になってしまっていたのでしょう。男子から”公衆便所”と言われるような状況に陥れさせられても夏原さんはいい人なんだ、と信じて疑わない。ここに違和感を覚える人もいるのではないでしょうか。人をそんなに素直に信じられるような心境なの?と。しかし、これは夏原さんが幸せそうだったからこそ信じてしまったのでしょう。自分の不幸と対比し、ああこんな幸せそうに生きている人もいるのか、という諦めと憧れが混在しているのでしょう。

 

田中さんは赤ちゃんを産んでいましたね。まあそれがお兄ちゃんの子供というのも驚きなんですが。本当に、心を許せるのはお兄ちゃんだけだったのでしょう。だから、お兄ちゃんとの子供なんだから大事にしたいと心の底から思っている。少し精神が歪んでしまっているかもしれませんが、この気持ちに嘘はなかったのでしょう。なのに大事にしようと思っても、大事にできない。なぜなら自分が大事にされていなかったから。こんなひどい話はあるのでしょうか。私は少し田中さんに同情してしまいます。

 

そんな、どうしようもない鬱屈した気持ちで日々を過ごしていると、とても幸せそうな夏原さんを見かける。もう我慢できなかったのでしょう。子供時代の苦しい生活も、大学時代にうまくいかなかったことも、子供を大事にできないことも、すべてが一気に爆発してしまったのです。もうほとんど、壊れてしまったのでしょう。

 

まあ驚きだったのがインタビュアーがお兄ちゃんだったことですね。ぞくっとしました。なぜなら、一般的な健全なただのルポライターを想像していたからです。こういうインタビュー形式、というか登場人物のひとり語り的な小説は他にもあります。しかし、一体誰が、その話を聞いている側に恐ろしい人物が隠れていると思うでしょうか。しかもお兄ちゃんは今まで一言も話していないのです。それがさらに恐ろしさを助長していたと言えるでしょう。

 

 

この本のテーマは「愚かさ」。誰が愚かだったか、という話ではないんです。すべて読んだ人ならわかると思いますが、皆どこか愚かな点があるのです。自分と誰かを比較してみたり、誰かを利用してみたり、皆愚かなのです。人間とは愚かな生き物だ。そういう趣旨のことを読者に訴えかけるような作品でした。

 

読後感は鬱々とした感じでしたが、なかなか面白かったです。

よくある形式とは一味違っているところも好感でした。

 

 

少し長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました!

それでは。